静岡地方裁判所 平成2年(ワ)78号 判決 1990年11月30日
原告 今村富士夫
右同 斉藤はつみ
原告両名訴訟代理人弁護士 大蔵敏彦
被告 国
右代表者法務大臣 梶山静六
右被告指定代理人 大岡進 他五名
主文
一 被告は、原告今村富士夫に対し金一四五五万三三六八円、原告斉藤はつみに対し金一〇四四万六六三二円を各支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 訴外今村哲也(以下「亡哲也」という。)は、昭和六二年一〇月一三日午後一〇時五〇分頃、訴外田中勝己(以下「田中」という。)運転の自動二輪車(以下「本件車両」という。)に同乗し、静岡県清水市八坂南町八番三号地先の交差点を走行中、訴外稲木利孝運転の普通乗用自動車が同交差点を右折してきて両車両が衝突したため、その衝撃によりはね飛ばされ、同日頚椎骨折により死亡した。
2 田中は、本件車両を自己のため運行の用に供していたので、自賠法三条により、本件事故によって生じた損害を賠償する責任があるが、本件車両については、自動車損害賠償責任保険契約が締結されていないため、原告らは、同法七二条一項により被告に対し政府の自動車損害賠償保障事業による損害てん補金(以下「保障金」という。)を請求することができる。
3 原告らは、右田中外一名に対する本件事故による損害賠償請求訴訟を、静岡地方裁判所昭和六三年(ワ)第八四号をもって提起したところ、同裁判所は、昭和六三年一〇月二五日、「被告田中勝己は、原告今村富士夫に対し金一六三八万八八七九円、原告斉藤はつみに対し金一一〇四万八八七九円及び右各金員に対する昭和六二年一〇月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え」なる旨の判決を言い渡し、この判決は、そのころ確定した。
これに基づき、田中は、原告今村に対し、平成元年二月二五日、金一〇〇万円を支払った。
4 よって、被告に対し、政令で定める限度において、原告今村富士夫は金一四五五万三三六八円、原告斉藤はつみは金一〇四四万六六三二円の各保障金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、本件事故当時、本件車両については、自動車損害賠償責任保険契約が締結されていなかったことは認め、その余は否認ないし争う。
3 同3の事実のうち、原告ら主張のとおりの判決の言い渡しがあり、これがそのころ確定したことは認め、その余は不知。
4 同4の主張は争う。
三 抗弁
1 本件車両は、訴外深津直也(以下「深津」という。)が所有していたところ、昭和六三年一〇月始めの本件事故の直前、亡哲也が訴外望月勝元(以下「望月」という。)を介して深津からこれを買い受けて所有するに至った。
2 望月は、深津から本件車両の引渡を受けて亡哲也の父である原告今村富士夫方の倉庫に運び込み、亡哲也とともに本件車両の整備、改造を行った後、亡哲也が本件車両を右倉庫に保管していたが、その鍵については、望月が持ち帰った。
亡哲也は、自動二輪車の運転免許を有していなかったところ、友人の田中と本件車両でのドライブを企図し、事故当日である同月一三日午後八時頃、望月に対し電話で、鍵の貸与を依頼したが断わられたため、ドライブに行くのではなく本件車両の整備のために鍵を必要としている旨説得し、望月も、亡哲也が絶対に本件車両を乗り回さない約束のもとにこれに応じ、同人の後輩である片平きよしを介して、亡哲也に右鍵を交付した。
しかるに、亡哲也は、田中運転の本件車両に同乗して、ドライブに出掛け、本件事故に至った。
3 亡哲也が田中に対して自賠法三条の責任を問うためには、亡哲也が同条にいう「他人」であることが前提となるが、この他人とは、自己のために自動車を運行の用に供する者及び当該自動車の運転者、運転補助者を除くそれ以外の者とされているところ、右1ないし2の事実からすれば、亡哲也は、本件車両の運行供用者であって他人とは認められないから、同人が自賠法七二条一項に基づく保障金請求権を取得したことを前提とする原告らの請求は認められない。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は否認する。
2 抗弁2の事実は否認する。
3 抗弁3は争う。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1の事実、及び請求原因2の事実中、本件事故当時、本件車両について自動車損害賠償責任保険契約が締結されていなかったことは、当事者間に争いはない。
二 そこで、請求原因2及び抗弁事実について判断する。
1 自賠法三条により運行供用者が損害賠償責任を負うのは、その自動車の運行によって「他人」の生命又は身体を害したときであり、そこにいう「他人」とは、自己のために自動車を運行の用に供する者及び当該自動車の運転者、運転補助者を除くそれ以外のものをいうのであるが、当該自動車に複数の運行供用者が存在し、その中のある者が当該自動車に同乗中に被害を受けた場合であっても、右被害を受けた運行供用者の具体的運行に対する支配の程度、態様が、賠償義務者とされた他の運行供用者のそれに比し、間接的、潜在的、抽象的であるときには、直接的な運行供用者との関係では、他人性を阻却されることがなく、同条による「他人」であることを主張し得るものと解するのが相当である。
2 これを本件についてみるに、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 本件車両は、深津が所有していたところ、昭和六三年一〇月始め、望月は、深津が本件車両の買主を探している旨話を聞き、これを整備のうえ他に転売することを企図して、深津に購入する旨連絡した。
(二) そこで、望月は、同月九日頃、静岡県清水市興津のスーパーマーケット「ヤオハン」前において、深津と会って交渉した結果、本件車両を代金二万円で買受ける話しがまとまったが、代金二万円は、転売先から代金の支払を受けて支払うことにした。
(三) そして、望月は、右「ヤオハン」前にて深津から本件車両の引渡を受け、これを運転して自宅に帰ろうとしたが途中、友人の亡哲也に本件車両を見せるため、亡哲也の家に立ち寄った。ところが、望月は、亡哲也の父である原告今村富士夫方の倉庫には、同じ型の中古の自動二輪車が置いてあることを知っていたので、亡哲也と相談のうえ、本件車両を改造することとし、本件車両を右倉庫に運び込んだのち、本件車両のマフラー、シート、ハンドルを取り替えるなどの改造を亡哲也に手伝わせて行ったがそのまま本件車両を運転して帰宅することになると、高い音を出して警察に目を付けられるおそれがあったため、亡哲也に保管を依頼してそのまま右倉庫に置いたまま帰宅したが、その鍵については、自らが持ち帰った。
(四) 亡哲也は、自動二輪車の運転免許を有していなかったが、友人の田中と本件車両によるドライブを企図し、本件事故当日である同月一三日午後八時頃、望月に対し電話で、田中と本件車両でドライブに行きたいから、鍵を貸してほしい旨依頼した。望月は、亡哲也が運転免許を有していないにもかかわらずオートバイへの興味から無免許運転を敢行することをおそれたため、一度はこれを断ったが、電話を交替した田中が自ら運転する旨確約したので、これに応じ、同人の後輩である片平きよしを介して、亡哲也に右鍵を交付した。
(五) 他方、田中は、亡哲也からドライブに行こうとの電話があったので、原付自転車に乗って亡哲也方を訪ねたが、亡哲也から本件車両を見せられ、「この車で遊びに行こう。」と誘われたので、亡哲也を本件車両の後部座席に同乗させてドライブに出掛け、路上を走行するうち本件事故に至った。
<証拠判断略>
3 以上認定の事実によると、本件車両の所有者は望月であること、田中が本件車両を自己のために運行の用に供していたことが認められる。
ついで、亡哲也の他人性につき判断するに、前記認定の事実によれば、亡哲也は、本件車両の所有者ではないとはいえ、本件車両を自己の父である原告今村富士夫の倉庫に保管し、事故当日においては、本件車両の所有者である望月に連絡して所有者である望月から本件車両と鍵を借り出したうえ、田中を誘って、同人に運転を委ね、自らは後部座席に同乗して、ともにドライブを楽しんでいたものというべきであるから、田中とともに本件車両の運行による利益を享受し、これを支配していたものであって、田中とともに本件車両の運行について共同の運行供用者であったとみるべき余地があるといわなければならない。
しかしながら、他方、前記各証拠を総合すれば、(一) 亡哲也は、自動二輪車の免許を有せず、その運転にも習熟しているとは認められないこと、(二) 望月が本件車両を右倉庫に運び込んで以降、本件車両の鍵は望月が所持し、亡哲也が本件車両を本件事故当日まで使用したことはないと認められること、(三) 所有者である望月からの亡哲也に対する本件車両の貸与は一時的かつ暫定的なものであったこと、(四) 本件車両の後部に同乗していた亡哲也が、田中に対し、ドライブに行く道路、方向を指示したり、走行速度や運転方法について具体的な指図をしていたとは認められないこと、(五) なお、本件事故時、亡哲也が満一七歳、田中が満一八歳であったことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はないから、被害者である亡哲也と運転者である田中との本件車両の具体的運行における運行支配及び運行利益の程度態様を比較すると、亡哲也の運行支配が間接的、潜在的、抽象的であるのに対し、田中のそれはより直接的、顕在的、具体的であることが明らかであり、亡哲也は、田中に対し、自賠法三条にいう「他人」であることを主張することができるものというべきである。
4 したがって、被告の抗弁は、採用することができない。
三 請求原因3の事実中、原告らが、右田中他一名に対する本件事故による損害賠償請求訴訟を、静岡地方裁判所昭和六三年(ワ)第八四号をもって提起したところ、同裁判所は、昭和六三年一〇月二五日、「被告田中勝己は、原告今村富士夫に対し金一六三八万八八七九円、原告斉藤はつみに対し金一一〇四万八八七九円及び右各金員に対する昭和六二年一〇月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え」なる旨の判決を言い渡し、この判決がそのころ確定したことは当事者に争いがなく、右事実と<証拠>によれば、本件事故により、原告今村富士夫は金一六三八万八八七九円、原告斉藤はつみは金一一〇四万八八七九円を下らない損害を被ったものと認められる。
四 よって、被告に対し、原告今村富士夫が金一四五五万三三六八円、原告斉藤はつみが金一〇四四万六六三二円の保障金の支払いを求める本訴請求は、いずれも理由があるからこれを正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 塩崎勤)